2/8付けの朝日新聞“耕論”・企業の雇用責任どこまで の紙上討論にレンゴーの大坪 清社長が登場している。氏の論客ぶりは存じていたが、大企業が競うかのように人員削減に走っている今日の情勢にあって見事な見識だと拍手を送りたい。
ご案内の通り、レンゴーは昨年人材派遣子会社の社員約1000名をレンゴーの正社員にすると発表した。ダンボール産業の創業メーカーであり、文字通り業界のリーディニングカンパニーだ。私が定年を迎えた企業でもある。
はなはだ恐縮だが、”耕論”での氏の説の一部を紹介したい。
『この10年間、アメリカ型資本主義全盛の中で労働をも商品化する動きが強まったが、もともと私は、労働は神聖であって商品化すべきでないと考えてきた。企業活動が土地と労働と資本を使って財貨とサービスを生み出すものである以上、サービスはもちろん財貨にも人間の心がこもらないと本当の利益は生み出せないというのが私の信条だ。-----雇用の調整は新規採用や退職者補充の計画の中でできる。業績が少し悪くなったからといって、しかも決算期の途中で雇用に手をつけるのは、経営手法からみてもどうかと思う。短期の利益に目を向けるあまり、労働を商品化し過ぎている。 土地も労働力も、社会と切り離せない。それを使って製品やサービスを生み出すのだから、企業は株主に対してだけでなく、従業員や顧客、地域と言った社会全体に対しても責任を負う公器だ。これまでは経営者の半分以上が、アメリカ的な株主資本主義に疑問を抱きつつも乗っかってきたが、いま会社が誰のものかが問われる中で、雇用のあり方も見直す時期ではないか。
ワークシェアリングは労使で議論が始まったが、それ以前の問題として雇用の重要性は論議されていない。大企業の人員整理ばかりが目立つが、実際には雇用に手をつけない会社のほうが多いのではないか。消費者心理を上向かせるためにも、雇用の安定に取り組むことが経済界の総意となる可能性もあるだろう。私たちの「正社員化」に、『先を越された』と言った食品メーカー社長もいた。
材料でなく財である「人材」をどう有効活用するか、労使でよく話し合う時だ。』
・企業の雇用責任どこまで